大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1970号 判決

原告

島田洋司

右訴訟代理人

黒崎辰郎

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者

秋田金一

右訴訟代理人

島林樹

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金三六万五六三〇円およびこれに対する昭和四六年三月一七日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。

第二  原告の請求原因

一  原告代理人島田義之と被告を代理する保険代理店宇佐美周男は、原告と被告のために、昭和四五年六月二四日左のとおりの自動車保険契約を締結した。(以下この保険契約を本件保険契約という。)

(保険期間)昭和四五年六月二四日から昭和四六年六月二四日まで

(保険目的自動車)ホンダ四三年型軽四輪乗用自動車、登録番号練馬八き七二八号、車台番号N三六〇―一一七六九五五(以下本件自動車という)

(被保険者)保険契約者(原告)

(保険の種目)車両保険および対物賠償責任保険

(保険金額)車両保険金三〇万円、対物賠償責任保険金二〇万円

(保険料)車両保険分二万二七八〇円対物賠償責任保険分三四一〇円、合計二万六一九〇円

二  昭和四五年六月二五日午前一〇時頃、茨城県真壁郡真壁町塙世九六一番地路上において、訴外島田米一郎運転の本件自動車と訴外丸山皞運転の普通貨物自動車(松本四ぬ九四八二号)との間で衝突事故が発生し、双方の自動車とも大破した。(以下この事故を本件事故という。)

三  右事故のため

(一)  原告は本件自動車の修理、部品交換などのために金一六万五六三〇円を支出し、同額の損害を蒙つた。

(二)  訴外丸山は前記普通貨物自動車の修理費等として二〇万五九六五円の損害を蒙つたところ、右事故は訴外島田の過失による事故なので、原告はその賠償責任に基づき右金員を支払つた。

四  よつて原告は被告に対し、前記車両保険による保険金として前項(一)の金額、対物賠償責任保険による保険金として前項(二)の金額中保険金限度額二〇万円、以上合計三六万五六三〇円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四六年三月一七日から完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求原因に対する被告の答弁

一  請求原因第一項の事実中、締約日の点を除き全て認める。締約日は昭和四五年六月二七日である。

二  同第二項の事実は認める。

三  同第三項の事実は知らない。

第四  被告の抗弁

本件保険契約の内容である自動車保険普通保険約款第三章一般条項第一条第二号には、「保険期間が始まつた後でも、当会社は保険料領収前に生じた損害をてん補する責に任じない。」旨規定されているから、本件保険料が本件事故発生前に支払われたものでなければ被告は保険金支払いの義務を負わない。

第五  抗弁に対する原告の答弁

認める。

第六  原告の再抗弁

原告代理人島田義之は被告代理人宇佐美周男に対し、本件事故発生前の昭和四五年六月二四日に保険料二万六一九〇円を支払つた。

第七  再抗弁に対する被告の答弁

否認する。右島田義之は右宇佐美に対し本件事故後の昭和四五年六月二七日に右保険料を支払つたものである。

第八  証拠関係〈略〉

理由

原告代理人島田義之と被告代理人宇佐美周男との間で原告と被告のために本件保険契約が締結されたこと(請求原因第一項の事実)は、その締約日の点を除き当事者間に争いがなく、また本件事故の発生(同第二項の事実)についても当事者間に争いがない。

本件保険契約において、「保険期間が始つた後でも、当会社(被告)は保険料領収前に生じた損害をてん補する責に任じない」旨の定めがあることは当事者間に争いがないところ、原告は本件事故の前日である六月二四日に保険料を支払つた旨主張し、被告は事故翌日の同月二七日に保険料の支払いがなされた旨主張する。ところで、右のような免責条項は、損害保険約款に広く用いられるものであつて(例えば火災保険普通保険約款第二条第二項)その趣旨は、保険契約はいわゆる諾成契約であつて保険料支払いの有無にかかわらず有効に成立しうるものであるけれども、保険者の責任負担の条件を、保険料の支払いにかからしめたものと解される。従つて、この点に関する立証責任は、右約款の文言自体からは明らかでないものの、右趣旨から考えて、保険金を請求する原告において負担するもの、即ち、本件事故発生前に(右約款は、「保険料領収前に生じた損害」と表現するが、これは「保険料領収前に生じた事故による損害」の意に解すべきである――昭和四七年一〇月一日改訂後の約款参照)保険料を支払つたことを原告において立証することを要するものと解するのが相当である。

そこでこの点について判断する。

〈証拠〉によれば、本件保険契約を証する自動車保険証券には、その締約日が昭和四五年六月二四日と記載され、また被告代理人宇佐美周男(以下単に宇佐美という)が作成し原告代理人島田義之(以下単に義之という)に交付した本件保険料(二万六一九〇円)の領収書の日付も右同日となつているものの、宇佐美が義之から収受した保険料を被告(赤羽営業所)に納入したのは同月二七日であり、それと同時に宇佐美は被告から所定の保険料領収書用紙綴(通称カバーノートと呼ばれる)を受け取り、その一枚を用いて右領収書を作成し義之に交付したのであつて、その交付日も右二七日ないしその後であることが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、本件保険料の授受は二四日になされたが、その被告への納入と右領収書の交付が遅れたのにすぎないのか、あるいは保険料の授受は二七日なされたのに領収の日付を二四日に遡及記載したのかが問題である。そしてこの点につき、証人宇佐美、同義之は、本件保険契約日および保険料授受の日はともに二四日であるが、その際宇佐美においてカバーノートを切らしていたため、仮りに名刺の裏に領収の旨を記載したもの(以下仮領収書という)を義之に交付しておき、二七日になつて新たに交付を受けたカバーノートを用いて前記の正式な領収書を作成し、仮領収書と差し替えた旨証言する。そこで、以下その信憑性に関連する事情を考察する。

(一)  右証言のとおりとすれば、保険契約締結と保険料授受のすぐ翌日に、その保険の対象たる事故が発生したことになり、しかも、本件保険契約は対物および車輛保険であるところ、本件事故による損害は、〈証拠〉により、被害者である訴外丸山の人損三万五〇〇〇円、丸山の車両損害二〇万五九六五円、原告の車両損害一六万五六三〇円であつて、このうち人損は自賠責保険によりてん補を受けうる僅少な金額であるから、自動車保険に加入する利益は双方の車両損害についてのみ考えられ、それと本件契約の種類とが一致するうえ、その損害額と保険金額とにおいても比較的近似している。このような符合はかなり稀な偶然といいうるのであろう。そのうえ、保険料授受の際宇佐美がカバーノートを切らしており、かつ同人は収受した保険料を遅滞なく被告に納入すべき〈証拠略〉ところ、これを二日間遅延し、その間仮りの領収書で間に合わせるという、異例な事態と取扱いが重なつたことになるのである。

以上のような偶然性の重なりが要求されること自体、宇佐美および義之の右証言について一応の疑いを抱くに足りる一つの事情である。

(二)  〈証拠〉によれば、義之が原告代理人として六月二四日に本件保険契約を締結し保険料を支払つた前提として、原告はかねて義之に対し、本件自動車につき自動車保険に加入する手続きを依頼し、そのための保険料を預けておいたところ、義之においてその手続きを遅延しているうち、六月二四日になつて契約締結と保険料支払いに至つたというのである。ところで原告が義之に右依頼をした経緯について、証人義之は、その時期は昭和四五年五月頃原告が義之方に同居していた頃であり、保険の種類について対物と車両に入りたい旨依頼され、保険料として二万四、五千円を預つたと証言する一方、原告本人は、依頼の時期は定かに記憶がなく、保険の種類は特に意識せず単に任意保険ということで義之に一任し、保険料は義之の指示に従つて二万円余を預けた旨供述するのであるが、この点に関連して次のような疑点がある。

(1)  原告が義之に付保手続を依頼したことは、義之が他に車両を所有しそれにつき宇佐美を通じて付保していた経緯(証人義之の証言)に照らし一見自然のようである。けれども、原告は昭和四二年以来本田技研の関連会社である株式会社ホンダSF関東に勤務し、本件自動車も昭和四三年に本田技研から購入したものである(原告本人の供述)し、昭和四四年九月に義之を介しないで対人保険に加入している(〈証拠略〉、なお右は大正火災海上保険株式会社の保険であるから、義之を介しないで付保したものと推認される)のであるから、もともと付保手続を義之に依頼する必然性はないうえ、原告はもと前記会社狭山工場に勤めていて義之方に同居していたが、昭和四五年三月頃から勝田工場に出張になりこの間現地近くの旅館住いをしていて、月に二、三回義之方に立ち寄る程度であり、同年五月初めから土浦工場に転勤になつて、以来茨城県真壁郡協和町に居住したというのである(原告本人の供述)から、証人義之の証言のように五月頃義之に付保手続を依頼したというのは不自然なことといわなければならない。さりとて三月より以前に右依頼したとみるべき証拠はないし、またそれにしては保険加入までの空白が長きに過ぎる。

(2)  前記のとおり原告は依頼の時期を定かに記憶していないといい、預けた保険料も二万いくらと述べるのみであるが、当時の原告の給与手取り額は月額四万円前後にすぎず〈証拠略〉、その略六割に当る金額を支出したにしては、記憶が不明確に過ぎるといわなければならない。右本人尋問の時期はそれから略二年を経た後ではあるが、被告が本件につきアフロスの疑いをもつて事情を義之から聴取したのは昭和四五年八月、原告から聴取したのは同年一二月である(証人伊藤の証言)から、右の記憶もこれらの時点で喚起されているはずである。

(3)  原告は右のとおり既に大正火災海上保険株式会社の対人保険に加入していたのであるが、それとは別に本件保険契約において対物および車両を付保した経緯について、原告本人は、対人には加入していない、義之にはただ任意保険に加入してほしいと依頼した旨供述し(単に任意保険というときは通常対人を含み、むしろそれが主体と観念される。)、証人義之は、対人に加入していたか否か知らないが、原告から対物、車両に加入してほしいと言われたのでそうしたと証言し、そして証人宇佐美は、義之から対人は入つているから対物と車両に加入したい旨言われたと証言するのである。原告本人が、実は加入している対人保険を本人尋問の時点でいまだに加入していないと思つていたことがまず奇異であるが、それはともかく、原告、義之、宇佐美の右供述における段階的喰い違いは更に不可解であつて、これを単に記憶違いとして見過ごすには、事柄があまり重要に過ぎる。また、右によれば対人保険には加入していないと考えていた原告が、結局は対物、車両保険だけに加入したことになつて、通常オーナードライバーにとつて最も関心が深いのは対人であるから、考え難い付保形態である。

(4)  原告が義之に預けたという保険料が、本件保険料と符合するのも、偶然に過ぎる。即ち、原告は単に任意保険という趣旨で義之に依頼したのであり、義之は、同人が付保している自己の軽自動車の保険料に基準にして原告の保険料を算出したと証言するのであるが、義之が付保しているのは、対人一、〇〇〇万、対物一〇〇万、車両二〇万の全部で、その保険料が二万円余である〈証拠略〉から、これによれば、対人を含めての保険料を割り出したことになるのであるが、本件保険契約は対物、車両のみであり、その保険料がたまたま義之加入の右保険料に近似したのは、昭和四五年六月一五日に保険料率の大幅な増額改訂がなされた結果にすぎず〈証拠略〉、このことは義之が原告から保険料を頂つたという時期において予知すべからざることがらである。義之の証言するとおり原告が対物、車両保険のみを依頼したのであれば、その際算出し預つた保険料は、本件保険契約の保険料としては不足を生ずるのが、自然な成り行きである。

以上のような不自然さ、供述の喰い違いおよび原告の本件保険関係に対する無関心さは、原告が義之に本件保険契約締結手続を依頼したという事実が、実は存在しないのではないかとの疑いを持たせるに足りるものである。

(三)  義之は、事故後一週間位して訴外島田米一郎から本件事故の連絡を受けたが、本件保険契約の効力がこれに及ぶか否か気にならなかつたし、その際保険加入の経過を同人に連絡したか否かはつきりしない旨証言するのであるが、六月二四日に保険料を支払い二七日に正式の領収書交付を受けたのであれば、本件事故日との前後関係に特に関心を持つのが自然であるのに、右の態度はこの点に関し無関心に過ぎる。また、もし本件保険料が本件事故前に授受されたのであれば、被告がこれにつきアフロスの疑いで調査を開始し、そのため保険金の支払いが渋滞し、結局拒否されるに至つたのは、ひとえに宇佐美の落度が原因ということになるから、同人からその経緯につき事情を聴き、詰問するのが当然と思われるが、義之は保険料支払後本件保険のことについて宇佐美と全く話しをしたことがないというのであり(証人義之の証言)、これもまた了解し難い態度である。これらの態度は、本件保険料支払いが本件事故後になされたことを同人が知つていたことを前提とするほうが、より合理的に理解できる。

以上のとおり、本件保険料が六月二四日に授受されたとする証人宇佐美、同義之の証言を措信するにはあまりに疑点が多く、他方これを裏付けるに足りる的確な証拠(例えば名刺を利用したという仮領収書、宇佐美の保険料収受に関する帳簿類、義之の同支払いを裏付ける帳簿類等)は他にないから、結局本件保険料は六月二七日に授受され、前出甲第二号証は日付を遡及して作成された疑いがあるといわざるをえない。従つて、本件保険料が本件事故前に支払われたとの原告の主張事実を認めることができない。

(なお、本件証拠により本件保険契約がいわゆる事故後保険であることが積極的に認められるという趣旨ではないし、本件保険関係が紛糾し、事実が不明確になつた原因の一半は、真実がいずれにあるにせよ、宇佐美の保険締約および整備すべき書類保管上の杜撰なもしくは無責任な取扱いにあることが明らかであるところ、宇佐美がともかくも被告の保険代理店たる地位にあるものであることは、本件証拠判断のうえで考慮を払つたことを付言する。)

以上のとおりであるから、本件事故に基づく原告の損害につき、被告は前記約款第三章第一条第二号によりこれをてん補する責に任じないこととなり、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことに帰する。よつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(浜崎恭生)

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